梅雨の季節、家の中で音楽を聴いていると「いつもより音がよく聴こえる」と感じたことはないだろうか。あるいは、外の雨音が心地よくて、なんとなく心が落ち着いたり……。

こうした感覚については、雨の日特有の気象条件や音環境、人間の心理状態などが関係している可能性があるという。

そこで今回は、作曲家であり京都橘大学教授でもある小松正史氏に、雨と音の関係性についてインタビュー。晴れの日とは違う雨の日の音の聴こえ方のメカニズムや、梅雨の時期ならではの音の楽しみ方、雨の日にこそ聴きたい楽曲まで、じっくりうかがった。

雨の日は音がよく聴こえる? それって気のせい?

雨の日は晴れの日よりも「音がよく聴こえる」と言われることがあります。これは本当でしょうか?

聴こえ方には個人差がありますが、雨の日には、音が特別に聴こえる「物理的」な理由と、「心理的」な理由の両方が存在しています。

物理的な理由には、大きく分けて「気温」と「湿度」の変化が影響しています。まず気温についてですが、晴れた日は地表が温かく、上空にいくほど温度が下がりますよね。音は温度が低い方へ向かう性質があるので、晴天時は音が上空へ抜けていきやすいんです。

ところが雨の日や気温が低い日は「逆転層」といって、上空の空気が温かく地表が冷たくなる現象が起きやすくなります。すると、高いところにある音が地表側に向かって屈折して降下してくる。つまり、遠くの音が「舞い降りてくる」ように明瞭になるんです。地表付近を這うように、音が水平に伝わりやすくなるんですね。

遠くの音が舞い降りてくる……! なんだかロマンチックですね。湿度の影響はいかがですか?

湿度が上がると、音速がわずかに速くなります。そして何より、空気中に水分が多くなることで「高周波成分(高い音)」が吸収されやすくなるんです。

高域が吸収されることで、相対的に「中低音域」が聴こえやすくなります。結果として、角が取れたような、まろやかで柔らかい音になりやすい。だから、雨の日に音楽を聴くと「心地よい」「しっとり聴こえる」と感じるのだと思います。

では、心理的な理由というのは?

「マスキング効果」という言葉を聞いたことはありますか? 雨の「ザーッ」という音は、帯域のバランスがいい「ホワイトノイズ」に近い性質を持っています。この雨音が、車の走行音や街の雑踏といった環境騒音を心理的に覆い隠して(マスキングして)くれるんです。

たしかに雨が降っていると、街の騒音が気にならなくなって、妙な静けさを感じることがあります。

さらに、雨は視界や音環境に一種の「カーテン」を作ってくれます。外界への注意が抑制されることで、私たちの意識は自然と自分の内側に向かいます。つまり「内向化」しやすく、内省したり、じっくり音楽と向き合ったりするのに非常に適した精神状態になるんです。

サウンドスケープとしての「雨」

小松さんは音の専門家として、フィールドワークなどでさまざまな場所の「雨の音」を聴かれていると思います。雨音が魅力的なおすすめの場所はありますか?

京都市北区にある「深泥池(みどろがいけ)」は素晴らしいですね。地表がコケや土で覆われていて吸音性が高いので、雨が地面に当たったときに「霧散」するような、とても濃密で柔らかな音がするんです。

京都市北区にある深泥池

環境によって雨の音も違うんですね。

まったく違います。もうひとつおすすめなのが、京都北部の「伊根の舟屋」周辺の湾です。ここは自然の防波堤である青島という小さな島が湾内にあって波が立ちにくく、穏やかな海面が巨大な「反射板」として機能します。すると、近い雨音と遠くの雨音が同時に感じられて、すごく独特な遠近感が生まれるんです。先ほど言及した「遠くの音がリアルに聴こえる」現象を体感しやすい場所ですね。

都市部でも雨音を楽しめる場所はありますか?

例えば東京なら、目黒不動尊の周辺など、緑や土が多い社寺エリアがおすすめです。都市部でありながら相対的に静かなので、雨音がとても美しく映えます。視覚情報と聴覚情報が脳内で統合されるので、緑豊かな風景を見ながらだと、同じ雨音でもより心地よく感じられるはずです。

家の中で、雨の日に音楽を楽しむためのおすすめの聴き方はありますか?

私のおすすめは、あえて「窓を少し開けて、スピーカーで音楽を流す」という方法です。雨音の環境音と、スピーカーからの音楽を空中で自然にミックスさせるんです。音量の目安としては、音楽を雨音と同等か、やや小さめにするのがコツです。

イヤホンを使う場合も、外音が取り込めるタイプで小音量で聴くと相性がいいですね。逆に、あえて密閉型イヤホンで外の音を遮断し、窓から見える雨の風景(視覚情報)と音楽だけを合わせて楽しむという選択肢もあります。

気分や降っている雨の強さによって、合う音楽も変わりそうです。

その通りです。「しとしと」と静かに降る雨の日には、静穏で内省的なピアノ独奏などが合います。

静かな雨の日におすすめの楽曲

「しとしと降る雨と、『aruarian dance』のループするギターのフレーズがよく合います。窓の外をぼんやり眺めながら聴くと、時間が少しスローモーションになる感覚があります」

「ラヴェルの色彩豊かな和音の響きは、曇り空のグラデーションのようで、静かな雨の日にぴったりです。音のひとつひとつが、濡れた石畳の上にそっと置かれていくような印象があります」

「雨音を背景に『Peace Piece』を流すと、ピアノの一音ごとに空気がふわっと揺れるように感じられます。外の世界が少し遠のき、自分の内側にゆっくり潜っていけるような曲です」

「『aqua』は水の中で聴いているような透明感があり、窓の外の雨ときれいに溶け合います。音数が少ないので、雨の環境音とケンカせず、静かに寄り添ってくれます」

「自作曲の中でも、しとしと雨の日に一番よく合わせるのが『life』です。静かなピアノですが、完全に止まるのではなく、少しずつ呼吸するように進んでいく。窓の外の雨音とフレーズが重なると、午後の時間がゆっくりほどけていくような感覚があります」

では、「ザーザー」とリズム感を感じる強い雨の日は?

雨音のノイズに負けないように、少しBPMが速めの楽曲(BPM140前後)が心地よいと思います。ローファイ・ヒップホップなどのトラックは非常に相性がいいです。

リズムのある強い雨の日におすすめの楽曲

「小雨が少し強くなってきた頃のテンポ感で、雨の日の街を歩くBPMにちょうどよい曲です。傘をさしてリズムよく歩いていると、自分がこの曲のミュージックビデオの中に入り込んだような気持ちになります」

「同じリズムが続きながら少しずつ膨らんでいく『ボレロ』の構造は、大降りの雨が本降りになっていく様子に重なります。窓の外の雨脚とともに、音のボリュームがゆっくり増していくのを楽しめる一曲です」

「パターンが少しずつずれながら進むミニマル音楽で、無数の雨粒が途切れず落ち続ける風景とシンクロします。強めの雨の日に聴くと、世界全体が一つの巨大なリズムマシンになったような感覚があります」

「『Park Ambience』は公園の賑わいをイメージしたピアノアンサンブルですが、雨の日の散歩にもよく合わせる曲です。ピアノのリズムフレーズが、傘をさして少し速めに歩くときのテンポと合い、雨の中でも前向きに外に出ていける感じをくれます」

「『Kyoto Ambience – fast piano』は京都の街のスピード感を描いたテンポ感のあるピアノ曲です。雨の日にヘッドホンで聴きながら街を歩くと、濡れたアスファルトや信号の光、バスのブレーキ音まで、すべてがこの曲のリズムに合わせて踊っているように感じられます」

聴く行為を豊かにするコツ

普段、通勤中などはノイズキャンセリング機能付きのイヤホンを使うことも多いのですが、雨の日は少し環境音も意識してみようかなと思いました。

ノイズキャンセリングは電車内などでは非常に有効で、賢く使い分けるのが正解です。ただ、日常的に多様な音環境に身を置くことは、人間の感性を維持するうえでとても重要なんですよ。

何か私たちでもできる「音を楽しむコツ」はありますか?

一番手軽なのは、スマートフォンの「ボイスメモ」機能を使って、雨音を録音してみることです。まずは半径1メートルくらいの身近な音を録音してみてください。

例えば、傘にスマホを近づけてみたり、軒下と地面の接触点の音を狙ってみたり、ベランダの手すりの音を録ってみたり。そして、あとで自宅でゆっくり聴き直してみるんです。

なぜ録音して聴き直すのがいいのでしょう?

人間の脳には「選択的聴取(カクテルパーティー効果)」といって、不要な音を無意識にカットして必要な音だけを拾う機能があります。でも、マイクはすべての音をフラットに拾います。だから録音を聴き直すと、「現場では気づかなかった音」がたくさん入っていることに気づくはずです。自分がどう世界を聴いているかを知る、とてもいいトレーニングになります。

雨の日の「遠くの音が聴こえやすい」という物理的特徴も、録音したり意識して遠くの音に耳を傾けたりすることで、より実感できそうですね。

そうですね。雨の日は視界が遮られがちですが、そのぶん「遠くの音を聴く」には最適な環境です。

そして人間の脳は、目で見ている風景と耳で聴いている音を無意識のうちに統合して感じ取っています。これを「多感覚統合」と呼ぶのですが、だからこそ、同じ雨音でも家の中から窓越しに聴くのと、緑豊かな公園で聴くのとでは違った印象になるんです。

憂鬱になりがちな梅雨の季節ですが、「今日はどんな風景の中で、どんな音がするだろう?」と少しだけ環境に意識を向けてみてください。お気に入りの音楽と雨音のミックスを探してみたり、遠くの音を探してみたり。視覚や聴覚を開いて意識を向けるだけで、雨の日もきっと豊かな時間に変わると思います。

小松正史(こまつ・まさふみ)

1971年、京都府宮津市生まれ。大阪大学大学院(工学研究科・環境工学専攻)修了。音楽だけではない「音」に注目し、それを教育・学問・デザインに活かす。学問の専門分野は、聴覚生態学と音響心理学。BGMや環境音楽を制作し、ピアノ演奏も行う。水や風を連想させる透明な音色と即興演奏が特徴。原風景を感じる普遍的な音楽との定評がある。河瀨直美監督の映画作品をはじめ、多数の映像作品への楽曲提供や音楽監督を行う。また、京都タワー・京都国際マンガミュージアム・京都丹後鉄道・耳原総合病院などの公共空間の音環境デザインを行う。聴覚や身体感覚を研ぎ澄ませる、独自の音育(おといく)ワークショップも実践。2026年現在、京都橘大学デジタルメディア学部教授・京都芸術大学客員教授・京都精華大学名誉教授。

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Words&Edit:Kozue Matsuyama

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